細胞外マトリックスとインテグリンによって制御される脂肪分化機構の解明
腫瘍組織は、がん幹細胞や前駆細胞、そして分化細胞といった不均一な細胞により構成されています。腫瘍に対して抗がん剤が効かない、あるいは効かなくなる現象を化学療法抵抗性といいますが、がん幹細胞はその化学療法抵抗性が高く、がんの根治を困難にするとともに、がん再発の大きな原因の一つとなっています。
私達はこれまでに、化学療法抵抗性の骨肉腫細胞において、細胞のかたちを決める骨組みであるアクチン細胞骨格を脱重合(バラバラにする)すると、転写調節因子MKL1が阻害され、それによって脂肪細胞へと終末分化することでがん幹細胞を抑制できることを見出しており(Nobusue et al., Nat Commun 2014; Takahashi et al., Cancer Res 2019)、脂肪分化の誘導ががん治療に応用できることを明らかにしてきました。
今回、藤田医科大学がん医療研究センター 遺伝子制御研究部門 信末博行講師らの研究グループは、脂肪分化制御メカニズムの一端として、アクチンの脱重合を開始として、MKL1が阻害されると、細胞周囲の微小環境に大きな変化が生じて脂肪細胞への終末分化が誘導されることを解明しました。
具体的には、細胞外マトリックスの構成要素であるフィブロネクチン(FN)が、その受容体であるインテグリンα5(ITGα5)を介して、脂肪細胞に特有の球状のアクチン構造の形成を阻害し、脂肪細胞への終末分化を抑制することを見出しました。また、脂肪分化プロセスにおいて、MKL1の阻害によって脂肪分化のマスターレギュレーターであるPPARγの発現が誘導されると、それによってFNの発現が抑制されることを明らかにしました。
さらに、MKL1はITGα5の発現を直接制御することを発見しました。以上の結果から、アクチン脱重合を介したMKL1の阻害によって細胞が自律的にFN-ITGα5の細胞外マトリックスとインテグリンのシグナル経路を抑制することで、脂肪細胞へと終末分化することが明らかとなりました。
今後、これらの経路にある分子を標的とすることで、がん細胞を腫瘍形成リスクの低い細胞へと分化させて、腫瘍抑制するという新たな治療法の開発を進めたいと考えています。